ヒヴァ · 1日間
ヒヴァはどこか現実離れした街です。土づくりの建物と入り組んだ路地が迷路のように広がり、その全体を厚い城壁が囲んでいます。街の中心はイチャン・カラという城塞で、ここでは何世紀にもわたり数千人が暮らしてきました。中には並外れた建築が残ります。複雑な文様の青いタイルに覆われた、ずんぐりとしたカルタ・ミナル。そして、一本ごとに文様の異なる213本の木彫りの柱が屋根を支えるジュマ・モスク。けれども、ヒヴァを訪ねる何よりの理由は街そのものでしょう。中世の面影をとどめながら、城壁の内側では今も人が暮らしています。一日かけて歩けば、かつての隊商がこの同じ路地を行き交う姿が、自然と目に浮かぶはずです。
ツアー行程

ガイドがヒヴァのご宿泊先までお迎えにあがり、そこから観光が始まります。この日は、ユネスコ世界遺産であり、生きた野外博物館でもある城塞イチャン・カラで一日を過ごします。
イチャン・カラは城壁に囲まれた旧市街で、現在は国立歴史考古博物館となっています。26ヘクタールの敷地に、東方の街の姿がそのまま残されています。何より印象的なのは、ここが凍りついた博物館都市ではないという点です。およそ300世帯が暮らし、その多くが手仕事を生業としています。
記録によれば、アラング・ハンがイチャン・カラの西門のそばにクフナ・アルク城塞を築き始めたのは1686年のことです。城塞は複数の中庭からなり、ハンとその家族、そして高官たちが暮らしていました。数多くあった建物のうち現存するのは、19世紀から20世紀初頭のものだけです。謁見の間(クリニシュハナ)、モスク、造幣所、そしてハレム。かつてはこのほかに武器庫、火薬工場、行政庁舎、倉庫、厨房、衛兵所、厩舎、練兵場もありました。城塞へは堅固な門が通じ、高い狭間つきの壁が周囲の住宅街と隔てていました。
19世紀前半、旧市街の東側に「石の館」を意味するタシュ・ハウリ宮殿が建てられました。長方形の敷地に3つの中庭があり、南側は謁見の庭アルズ・ハウリと祝宴の庭イシュラト・ハウリ、北側はハレムです。迷路のような廊下が中庭と建物をつないでいます。宮殿にはハンの兄弟や親族が住んでいました。門は西と南の2か所。すべて上質な焼き煉瓦で築かれ、外壁の上端は鋸歯状の狭間で仕上げられ、そこから均整のとれた高い塔が突き出しています。
ムハンマド・アミン・ハン・メドレセは、イチャン・カラを代表する建築のひとつです。ヒヴァのみならず、中央アジア最大のメドレセでもあります。2階建ての建物は72×60メートル、125のフジュラ(学僧の房)を備え、260名の学生を受け入れる規模でした。特徴的なのは、どのフジュラも2部屋からなり、2階の房にはさらに外に面したロッジアが付いていることです。

ムハンマド・ラヒム・ハンは、1770年以来ヒヴァを治めたコングラト朝の君主のなかでも、とりわけ学識の深い人物でした。その治世には都市の整備が進み、行政と経済の改革が行われましたが、何より重要だったのは教育の改革です。この改革により、ヒヴァに「新方式」の学校が初めて開かれ、宗教科目に加えて世俗の学問も教えられるようになりました。治世の総仕上げとなったのが、彼の名を冠する中央アジア有数の大メドレセの建設です。ここでは宗教とクルアーンだけでなく、数学、天文学、地理学も教えられました。学生たちは諸学と哲学を修めるかたわら、詩を作り、論を戦わせていました。
1855年、ヒヴァの君主ムハンマド・アミン・ハンが殺害され、壮麗なミナレットの建設は中断しました。計画では高さ70メートル、別の記録では110メートルに達するはずでした。設計では、広い基部で安定を確保し、上へゆくほど細くして荷重を減らすことになっていました。しかし運命は別の道をたどり、塔は未完のまま残されます。今日その姿は巨大な釉薬がけの樽のようで、「短いミナレット」を意味するカルタ・ミナルと呼ばれています。
イチャン・カラの中心に建つのが金曜モスク、ジュマ・モスクです。18世紀末、以前の建物の跡の上に建てられました。門もドームもなく、回廊も中庭もない、たいへん珍しいつくりです。規模は55×46メートルで、四方どこからでも入ることができます。北側、市内の主要な通りに面して、高さ52メートルのミナレットが立っています。
石の門に刻まれた銘によれば、この建築群が築かれたのは1701年です。廟のドームは青い釉薬タイルで覆われ、頂には金色の飾りが輝きます。当初は小さく質素な墓でしたが、まもなく巡礼地となり、多くのフジュラ、ハナカ、モスクが周囲に建てられました。壁面は見事なマヨリカ焼で飾られています。廟の内部では、人々が祈りを捧げ、聖なる水を口にします。
比較的新しいこの建築群は20世紀初頭のもので、ミナレットとモスクからなります。イスファンディヤール・ハンの宰相であったイスラム・ホジャの名を冠しています。そのミナレットはヒヴァの象徴とされています。
上へゆくほど細くなる形は、14世紀の最も初期の作例にさかのぼる手法です。煉瓦積みと釉薬装飾の帯が交互に重なります。高さは56.6メートル、基部の直径は9.5メートルです。
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